★毎年,節分には、星まつりを開催いたします。
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福井大仏
「福井大仏観音・西山光照寺<本殿>」
福井大仏観音・西山光照寺
住職の法話
        福井県福井市花月1丁目1-26 
      
0776-24-3869  
     FAX0776-25-6630   


マウスを写真上に

 

 2025年(令和7年) 年始のご挨拶
あけましておめでとうございます。
    令和七年正月に次のような挨拶状を檀信徒の方々にお送りしました。

福井の元旦は前日(大晦日)の曇り空とはうって変わり晴れ晴れとした一日でした。

昨年は世界各国で国の行方を決める大きな選挙がありました。
米国の大統領選挙では前の選挙に敗れた前職が接戦の予想を覆して勝利しました。 欧州の議会選挙ではそれまで高い支持を得ていた中道政党が議席を減らし左右の政党が議席を伸ばす結果となったそうです。地域紛争が激化して数年続き、世界経済の安定が少しずつ損なわれる中で、当時の現職大統領や与党が国民の不満に応えられなくなったのが原因の一端であると新聞等で解説されていました。
しかし与党を非難して支持を伸ばした政党が問題の正しい解決策を持っているようには見えません。
議席数を伸ばした中には他者への寛容の心と人類平等の理念を否定する誤った主張を掲げる政党もあったそうです。
これは、間違った理念に目を瞑ってでも、物質的な豊かさを求めようとする人々が少しずつ増えているのではないか、
このように私は感じている次第です。

私達がこの世に生きる目的の一つは、
人間らしい豊かな心を育むことです
経済も重要ですが、物質的に恵まれても、慈悲の心を見失っては真の幸福は得られません。

伝教大師の言葉に
道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし』があります。
物質経済だけでは安心は得られない、正道を修める心によってこそ正しい衣食住の活用が成り、幸福な生活が営めるのである。」
伝教大師の聖句にはこのような意味が込められていると私は考えます。

さて当山では元旦の大護摩の時に「御籤(みくじ)」をひきます。
令和七年は五四番の凶でした。このみくじに記された漢詩と意訳を載せます。

(漢詩) 
身(み)同(おな)じうして意(こころ)同じからず
月蝕(がっしょく)長空(ちょうくう)に暗(くら)し
輪(りん)は常(つね)に手にありといえども
魚水(ぎょすい)未(いま)だ相い逢わず

(意訳 住職による解釈)
同じ人間でも思い考える事は同じでは無い。
頼りにする人と意思が通じないのは、月蝕の暗い月を見ているようだ。
水に逢わない魚のように、今は思うように成らないが、
心を正して静かに時を待てば、徐々にこころが通いあい好転する』


このみくじは、他者との意思疎通が適わなくなった時の心のあり方を説いているよ
うです。
同じ境遇に遭っても人が感じるものは同じでは無く、考える事もそれぞれ違います。
このために人と意見が対立したり相手の心が理解できなくなったりして、思い悩んだ経験はどなたにもあると思います。

みくじには
「輪は常に手にあり」「魚水未だ相い逢わず」
と記されています。
「心が通えば魚が水を得たように事態が変わる」
というのですが、心を通わせるための努力の大切さを暗に説いているようです。

私達の物の見方や考え方は自身の体験が基礎になっていますが、自己本位の立場で物を判断し行動することによって培われる事が多く、大抵はエゴによる誤解や偏見を伴っています。
これが行き過ぎますと、自己の道理と他者の道理が通じなくなり、意思の断絶が生
じてしまいます。

煩悩による壁
です。

これは個人の問題に限りません。
文化、宗教、慣習の違いが対立を引き起こす事例を見みますと、そこには相手に対する誤解や偏見が存在しています。
この壁を克服するために、エゴの心を捨て、客観的な立場で互いを理解する努力を続けなければいけないという訳です。
広い心と忍耐の心が必要でしょうが、他者への思いやりの心をしっかり掴んでいれば、これはそれほど難しいことでは無いと思います。

日本では昨年の国政選挙の結果、長く政権を担っていた二つの政党が議席を減ら
し小数与党になりました。
このため議会における与野党の話合いと合意形成がなければ物事を前に進められなくなりました。
多様な立場からの意見をくみ取っていかなければいけない現代、
数の力で意思を通す政治では社会の正しい運営ができないことに、国民が気付いた証なのかも知れません。

昨年は年初に北陸地方を大地震が襲い、秋には豪雨災害が発生しました。
被災された方々には心よりお見舞いを申し上げますと共に、
一刻も早く平和な日常を取り戻されますようお祈り申し上げます。

 また今回も長いお話しになってしまいました。
(ここからは檀信徒向けの記述のため省略)

本年が、皆様のこころの旅の有意義な一年となりますよう、お祈り申し上げます。

                                                            令和七年正月
                                                                     西山光照寺 住職 白崎良演
                           


 お盆の行事 永代経(えいたいきょう)について・・・

大抵の檀家寺では毎年7月中旬に新盆の行事をおこないます。

お盆の三が日(13日?15日)には僧侶が各檀家をまわって仏壇に経文を供養し,
またこの日の前後に日を定め、亡くなられたお寺の檀越(だんおつ)だった方々、

大抵は檀家のご先祖様達ですが、この方々のあの世での冥福を祈るため、お寺で行事を催す所が多いようです。
私共の住む福井では、新盆から一か月遅れた8月13日から15日の間にお盆の行事を行う所もあります。

当山では、7月上旬頃に檀家の方々を集めて亡くなられた先祖の永代回向(えいたいえこう)の行事を行います。

これを永代経と呼んでいます。

1.回向について

現代の伝統仏教(私達の宗派)では、この世を去った先祖の霊達のあの世での冥福を祈ることを、

回向(えこう)と呼んでいます

今は同様の意味で供養と言うのが一般的かも知れませんが、

かなり古い時代からこの”回向”が正式な言葉として使われています。

しかし、元々この言葉が意味していたものは

”私達の先祖がこの世で生活していたときに行じることができなかった善行を、

子孫の私達が代わって行うこと”でした,

これが何故、あの世の先祖の冥福につながるのか。

仏法(大乗仏教)が説く処によりますと、

私達がこの世に生きる目的の一つは、善の行い(おこない)を為していくことによって、

この世を煩悩による苦しみの世界から安らぎの仏国土へと調和していくことです。

この世は原因と結果が連続してつづいていく世界です。

たとえば、

この世に住む私たちには生活にともなう苦労が次々と現れてきますが、

困難が生じたときに人間どうしが互いに譲りあい、協力しあい、

助けあうのであれば、その困難は解消して行くことでしょう。

しかし、現実はそれぞれが己の立場を優先し、助けあう事を忘れて争うことがしばしばです。

互いにうらんだり、ねたんだり、誹りあったり、怒ったり、正しい判断ができず愚かな考えに陥ったり、

このように自己本位の思いで考え行動することは、己の苦悩の原因をつくりだし、

その結果は己自身が受け止めなければなりません。

この世に存在する物はすべて互いに働きあいながら運動をつづけています。

物質は仮にある姿に形をとどめていても、いつか時がたてば、他の姿に形を変えていきます。

またこの世に存在するものの運動をつぶさに眺めてみますと、

それぞれが何らかの循環運動をおこなっていることが分かります。

そして、自然界に存在するものすべてが、これらの運動をとおして、互いに助けあい支えあいして、

自然の安定した営みを維持していることがわかります。

たとえば、

私たち生命に無くてはならない自然界の雨の恵みは、大気中の水蒸気と大地を流れる河川.,

そして大海の水の循環によって現れるものです。

さきほど述べましたように、私たち生命にとってこの世は己の為した行為の結果がいつか己自身に帰ってくる世界です。

善には善の結果が、善ならざるものには善ならざる結果が、帰って来ます。

このように、この世の物質のみならず意識の働きの世界を含めて、

自然界のすべての存在が循環運動をつづけています。


これを仏教では
輪廻転生(りんねてんしょう)と呼んでいます。
私たちが自我欲望をもとにして思念し行動することは、己自身の首を絞めることにつながっていきます。

私たちが自分本位のこころから離れ、善行を積むことは、大自然界の調和を築き上げていくことであり、

この世に生きる目的を果たしていくことである。このことがお分かり頂けることと思います。

その善行の結果は私達の心に安らぎとなって現れてくるものです。

そしてめぐりめぐって帰ってくるその功徳は、これを行った本人だけで無く、その家族や身近な人達に、

そしてあの世の先祖にも届いていくことになります。

つまり善根による功徳を己だけで無く先祖に「回し向ける」ということから、”回向”と呼んだわけです。

2.
施餓鬼会(せがきえ)
について

当山の永代経では「施餓鬼会」も行います。この行事もあの世の精霊達の冥福を祈る行事ですが、

こちらは、死んでからあの世の鬼になった魂に、法(仏法)とその光を供養する行事です。

人は死んであの世に行くときには、生きていたときの生活に応じた魂の世界に行くと言われています。

執着から離れ、正しい道をあゆみ、自他の差別の無い広い豊かな心を育んだ人々は、
その安らぎの心に応じた天上の世界へ昇っていきます。

しかし自我欲望に溺れ、人を人と見ない、心を忘れた物質中心の生活を送った人々は、

その心に応じた苦しみの世界に落ちて行きます。

特に欲望の強い足ることを忘れた生活を続けた人々がこの世を去った後に行く世界は「餓鬼道」と呼ばれています。

餓鬼道に堕ちた精霊に正道を説き、天上界からの光明を与え、

一刻も早く地獄の生活から抜け出せるよう手助けをする、いわゆる法を布施する行事が施餓鬼会です。

施餓鬼の由来には諸説ありますが、いずれもお釈迦さまがインドにご在世だった当時

お釈迦さまやその弟子達が、地獄に堕ちた精霊に法を説き、

地獄の生活から救って行かれたエピソードが元になったとしています。

ひとつはお釈迦さまの十大弟子のひとりであるモッガラーナ(大目連「だいもくれん」)尊者のお話しです。

モッガラーナ尊者が阿羅漢(アラハン)の悟りの心境に達したときに、

己の母親が餓鬼道にいることを知り、お釈迦さまに相談したところ、

餓鬼道にいる母親の代わりに人々へ布施行をなしていくことをお釈迦さま勧められたエピソードです。

他には鬼子母神(きしもじん)のお話しもあります。

これは人間界の子供をさらってはその命を奪っていた訶梨帝母(かりていも)が自身の子供を失う悲しみにあい、

お釈迦さまの教えを受けて悔い改め、今度は身寄りの無い子供たちに布施を行うようになったというお話しです。

この鬼子母神には、そのモデルになった実在の人物がおられたそうです。

それはお釈迦さまの弟子であった比丘尼(女性の出家修行者)のひとりで、

実際に親を失った孤児を育てる慈善活動を熱心におこなっていた方だったそうです。

おそらくこの方が出家された動機がご自身の子供を死なせる悲しい出来事であったということから、

鬼子母神の物語が創作されたのであろうと思います。

.お釈迦さまの正法

施餓鬼会の由来になった物語のように、仏典にはあの世の精霊が登場する物語が多数遺されています。

しかし、鬼子母神のエピソードのように、

後の創作によりあの世の精霊が関わる物語に書き改められた物も幾つかあるようです。
さて、お釈迦さまが説かれた仏法は如何なるものだったのでしょうか。

あの世について実際にはどのように説いておられたのでしょうか。

釈迦さまが説かれた仏教の根本は、生きている私たち人間が、生老病死の苦悩から離れ、

調和された生活を営み、安らぎの心を得るための方法(いわゆる四諦八正道)でした。
お釈迦さまは弟子たちに、仏法の実践によって、煩悩に翻弄される執着の心を修正し、

偽我を捨て、大自然の慈悲の心に通じた真実の我(真我)の自覚を得ることを説かれました。

まずは安らぎの心境を己のものとすることであると説かれ、

煩悩から解脱しない心境のまま、あの世の存在や眼に見えない世界に興味を持つことは戒めておられたようです。

まして一般の在家の人たちに、あの世の精霊を拝んだり祭ったりせよなどと説かれることは、一切ありませんでした。


ただ、ある段階の悟りの心境に至った弟子たちにはあの世についても説いておられたようです。

天上界の如来・菩薩は、お釈迦さまが在世の当時のインドでは梵天と呼ばれていましたが、

仏典には、お釈迦さまがあの世の梵天らと仏法について語り合う物語が著されています。

他にお釈迦さまやその高弟の方々が餓鬼(がき)、羅刹(らせつ)、阿修羅(あしゅら)、迦楼羅(かるら)
などの地獄界の精霊に法を説く物語など、あの世の精霊が登場する説話が仏典に多数遺されています。

弟子のひとりが「死んだらどうなるか」とお釈迦さまに質問したところ、次のようにお答えになったことが記録されています。

『死後の運命』

この世は無常であり、この世に存在する物はその形を永遠にとどめることはない。

死んだ者の身体は土にかえり、自然の元素の一部となる。そして他の動植物の身体の一部に形を変えていく。

しかし、長い間信仰を修め、仏法を学び実践し(戒を守り)、
執着から離れたその人の心は、死んでから上方に赴(おもむ)き、すぐれたところへ赴く。

お釈迦さまはあの世の存在を否定しておられませんでした。

以上、見てきましたように、本当の回向(先祖供養)とは、私たちが今の生活に仏法を活かし、

身近な人々との安らぎの生活を築く努力を続けていくことです。

遺された子孫が幸福な生活を営むことを先祖の方々が一番喜んで下さることでしょう。

子の健康で安らぎに満ちた生活が一番の親孝行であるのですから。  

                                                          福井大仏・西山光照寺住職   


 節分星まつりでいただいた質問
「福井大仏に寄せられた質問:九曜星について (つづき2)
   
当山では毎年の節分に星祭を執行します。

このお祭では、
九曜星(日曜星、月曜星、水曜星、金曜星、火曜星、木曜星、土曜星、 計都星(けいとせい)
、羅喉星(らごうせい)の九つの星)を供養して参詣者の息災・ 延命増益を祈ります。

下記の二つの記事では九曜星を解説しています。
九曜星について
http://oshou-fkdbt.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-f452.html

十年以上もかなり昔ですが、星祭の準備を行っているときに、
当山の檀信徒のお一人か ら九曜星について質問を受けたことがありました。
「気学の九星と九曜星は同じなのではないですか?」  

実はこのときはこの方への説明は控えざるを得ませんでした。
私の場合、
“九曜星”は先代住職や師事した老僧方から仏教・密教の伝授を受ける中で 学んだものです。

師匠(先生となるお坊さん)から
弟子(生徒となるお坊さん)に伝える教えの一つとして扱う建前になっています。
密教でとりあげられる星々としては、“九曜星”の他に北斗七星、二十八宿などがあり ます。

この質問を下さった方は、
密教でとりあげる星々と他の占いに使用される星とを混同し ている訳ですが、
体系立てて説明しないと更に誤解されるかも知れませんので、
いつか詳しく説明する機 会を作ろうと考え、この時には説明しませんでした。
純粋に文化や歴史を議論する立場で説明するのなら問題無いと思いますので、
私の考え になりますが、これについて少し記しておきます。

発祥の経緯から見て九星と九曜星は全く違うものです。

九曜星の中で用いられている計都星と羅喉星は上にリンクを貼った頁に記していますように、
主にインドで用いられているものです。

一方、気学で用いる九星は一白、二黒、三碧、……等と呼称するそうですが、
中国で発明されたものです。 九曜星と直接のかかわりはありません。
気学は中国から日本に輸入された九星を、更に日本流にアレンジしたものであると聞い ています。
方位の吉凶判断に用いられているのを良く目にします。

他に、九星や九曜星とも違う、“九宮”と呼ばれるものもあるそうですが、
それぞれ発祥の歴史は違うそうです。
九曜星は他所から中国に輸入されたものと考えられますが、
しかしその吉凶判断は中国 文化の影響を受けているのは確かなようです。

他のお寺や神社等でも星祭を営んでおられる所が多く、
それぞれ九曜星の吉凶表を公開 しておられます。

これらを拝見しますと、
たとえば日曜星を○吉星(大吉)、金曜星を?吉星(半吉)と している所がほとんどです。
日曜星が該当すると思われるのは太陽、金曜星が該当すると思われるのは金星ですが、
インドでは太陽は吉星とされておらず、金星はより吉兆の強い星とされているそうです 。

また九曜星の吉凶の説明に中国で使われる
洛書(亀の甲羅を模した方位の図)を載せて いる寺社もあります。
当然ながらインドは洛書を用いません。ですから、現在使われている九曜星の吉凶表は、
九曜星がインドから中国に伝わった後 、
仏教の概念と中国で発明された吉凶の判断法を合わせて作られたのはないかと思いま す。

なお月曜星、木曜星を吉兆の強い星としているのはインドも中国も同じであるようです 。
しかし良く考えてみると何かがおかしい。

ここで注記しておきますが、
計都星(けいとせい)と羅喉星(らごうせい)は架空の星で、
他の七つの星は実在する天体をあてたものです。
自然界に存在するものはすべて大自然の生命の営みを支えているものです。
多くの宗教は自然界に存在するものは造物主が作り出した物で
、その存在そのものが尊 いものであるとしています。

星の組み合わせで吉凶を云々するのは今はポピュラーな占法ですが、
自然界に存在する 尊い物を、あれは吉これは凶と簡単に分けてしまって良いものでしょうか。

太陽系から、突然、太陽そのものが無くなったらどうなるか、想像してみればすぐ判り ます。
太陽が無くなれば、即、この世の破滅をむかえますが、
私達に無くてはならない太陽を インドでは凶星としています。
これは疑問に感じます。

惑星や月にしても、
惑星(水、金、火、木、土)や衛星(月)にはそれぞれ大きさの違 いがあり、
星と太陽、星と衛星の距離も反映して星の中での気候的な環境の違いがあります。
星々には強い個性がありますが、これらは自然法則によって定められているものであり 、
これらが在って太陽系は安定して存在しています。

人間の営みの中に現れる出来事を星々の性格や個性で象徴的に表すのは、
一つの表現方 法としてはあり得るかも知れませんが、
地上の私達人間の狭い基準でこれは良いこれは 悪いと天空の星々に吉凶を割り振るのは、
やはり無理があります。
計都星(けいとせい)と羅喉星(らごうせい)は日食にかかわるものなので、
これらを 太古の人達が凶星としたのは許容するとしても、、、です。

一般に公開されている吉凶表の象意がどれほど正確なものなのか、察しがつくところで す。
実際、私が実例を見て実感する所では合わない場合が間々あります。
つまり、はずれる場合があります。
しかしながら、九年の周期的変化の存在を実感できる具体例は身近に良く見られます。

上にリンクを貼った頁にその中のいくつかを紹介しています。
他に具体例を一つご紹介します。
あくまでも解説のための参考例ですから、こうゆう例もあるのかしら程度に考えて下さ い。

★事例 A.H. 氏(D国の独裁者)
今年2月、旧USSR.を構成していた国の間で大きな戦争が始まりました。
これを世界大戦に拡げてはならないと、仲介に奔走する国が現れていますが、
激しい戦 闘が止む気配はありません。  

そう言えばと思い、
20世紀に大戦争の惨禍を起こしたこのA.H. 氏 の九曜星のリズ ムを調べてみました。

A.H. 氏は西暦1889年生まれで没年1945年、D国の全体主義的な統治をめざす 政党をつくり、
この国の総統の地位にまで上り詰めた人です。  
D国は第一次世界大戦に負けて国が荒廃していました。

この方は総統に就任してしばらくは国の再建に邁進し手腕を発揮していきます。
しかし、他国を征服し専制的に支配する欲望にかられ、第二次世界大戦を起こします。
この戦争は数千万もの人々の命を奪う大惨事になりました。

                           ★この方の経歴を見てみます。
                   上では九曜の吉凶表は正確では無いと記しましたが、
               計都星● 、羅喉星● 等には吉凶 の●をつけました。ご了解ください。

1921年ごろ N党の党首 かぞえ年33歳 火曜星
1923年 D国内で一揆をおこし失敗 かぞえ年35歳 月曜星
1933年 D国の首相に就任 かぞえ年45歳 木曜星
1934年 D国の総統に就任 かぞえ年46歳 羅喉星●
1939年 D国がP国に侵攻し第二次世界大戦をおこす かぞえ年51歳 火曜星
1943年 1941年から侵攻していたU国で大敗 かぞえ歳55歳 羅喉星●
1945年 D国が降伏 かぞえ年56歳 水曜星  

この方は、日曜星の年から火曜星の年にかけて、生命力の強い時期に政党の党首とな り、
木曜星の年に首相に就任します。
(火曜星は吉凶表では凶星●としていますが、
人によっては非常に精力的に活動できる 年で、むしろ吉としても良い場合が多い星です。)

しかし歴史に詳しい方は良くご存知のように、
人種の平等を否定する極端な人種差別主 義、生命の尊厳の否定など、
この方は間違った理念にとりつかれた人でした。  
このような間違った理念に昂(たかぶ)りながら羅喉星●の年に総統に就任します。

火曜星の年に自ら戦争計画を指揮して第二次世界大戦をおこし、
始めは成功しているよ うに見えましたが
、慢心して立案した作戦が災いし羅喉星●の年にU国で大敗を喫しま す。  
その後は歴史に詳しい方が良くご存知の結果を招きました。  

これはある特定の人間により人類が災難を受けた凶例ですが、
この方の場合も、
                                       自ら 環境を大きく変えた時期に計都星● や羅喉星● がめぐり来ています。   
               
文責 西山光照寺 住職 令和4年4月8日 


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